モザンビークの学校を支援する会 −優秀な人材の育成−
これが国の発展につながり
貧困の解決につながります
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活動内容

モザンビークの学校を支援する会」は、主にモザンビークの教育援助活動を支援しています。その内容は、以下の3点です。

  1. 「モザンビークの太陽」中学校への支援
     同校は、1995年3月、日本の民間援助で開校しました。開校時は生徒数44人でしたが、現在(1998年)は208人。8年生(100人)、9年生(67人)、10年生(41人)からなっています。教師数13人。学科は数学、国語(ポルトガル語)、英語、物理、生物、化学、地理、歴史
    図形学の経科目に加え、道徳の時間が週1回あります。
     学費は月20000MT(約200円)で、これは私立学校の約5分の1〜10分の1の金額です。
     同会は、毎月教師の給与や諸経費を含め、10〜15万円を送金しています。特に、1997年12月より同じ敷地内に、新校舎の建設を着工し、1999年2月に完成しました。建設費の総額は約500万円。この資金全額を同会で援助しました。

  2. 留学生支援
     モザンビークからの留学生を1997年から支援しています。同国からの留学生は大学生以上では、同年徳島大学医学部に入学したクレメンテ・ディック・ダカラネさんが初めてですが、彼に対し、生活費その他の諸経費の一部を支援しています。1998年7月から、二人目の留学生エルデールさん(徳島大学工学部)を支援しました。

  3. モザンビークでの日本語学校への支援
     1996年から始まった首都マプトで大学生を対象にした日本語教室の教材費等を支援しています。日本語講師は同会メンバーが務めています。

  4. モザンビークの大学生の支援
    大学生支援のための基金を設立し、経済的理由により大学の勉強を続けられないような大学生を支援します。

【モザンビークの現状と支援の意義】

 1975年にポルトガルから独立して以来、約16年に及ぶ内線を経て、1992年に停戦。1994年には国連軍の監視下で初の総選挙が行われました。以来、政情は安定しており、海外からの投資も増えています。しかし、長年の内戦の後遺症は重く、校舎の復旧は未だ遅々としており、進学熱は高まっているものの、生徒のニーズに校舎の設備が追いつかず、学校に行きたくても行けない生徒が多いのが実状です。とりわけ、中学校以上にこの傾向が強いのです。国の真の発展は、教育の整備なくしてあり得ない、という認識に基づき、政府も5カ年計画の最重要課題に、教育の整備を掲げています。しかし、政府は戦後の後遺症から脱却し、復旧を進める上で、教育のみならず他の分野でも課題は山積みしており、財政難を抱えている現状で、外国からの支援を急務としています。こうした現状のもと、モザンビークの教育整備に支援する意義は大きいと確信して、同会では1995年から支援を継続しています。


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